独立起業 | デザイン想

独立起業

ホームページ開設で変化した仕事の入口

ポートフォリオ作成と飛び込み営業 を先にお読みください。

独立して最初の1年は、これまで勤めてきた会社と在宅デザイナー登録をした会社からの仕事、また、知人を介してや、地元地域の会社に飛び込み営業に行きご依頼いただいた仕事がメインでした。
2年目に入り本格的に仕事をしていくため、税務署に開業届を提出。自社のホームページを開設したことをきっかけに、その後の仕事環境が大きく変化することになりました。

当時(2007年)は「ホームページを持っていることで会社として信頼される」といった風潮があったので、私の中での “ホームページ” は「プロとして仕事をしていく上での看板代わり」「デザインのポートフォリオ」くらいの認識でした。
ですが、開設して間もなくデザインの依頼が入ってきて… しかもそれが海外から!

今でこそ当たり前のように他府県の方々と仕事をさせていただいていますが、当時ホームページ経由で遠方の仕事をしている人なんて周囲にいませんでしたし(田舎町だからかもしれませんが…)、大きな会社ではなく個人のホームページに直接デザインの依頼が入ってくるなんて思いもしていませんでした。
だから最初は怖じ気づき、せっかくいただいた依頼を「どうにか断れないものか…」と考えたりもして(笑)

その依頼は、ご要望の詳細をメールでお聞きし、デザインの提出、確認からデータ納品まで無事完了しました。
>>> 自家焙煎コーヒーラベルデザイン

それからというもの、「ホームページは仕事の入口」「インターネットは世界とつながっている」そして、「田舎町に住んでいても日本全国、世界のデザインの仕事ができる」が、私の中での常識になりました。
ホームページは「私の頼れる営業マン」です。

その後、ブログ、Facebook、Twitterなどがきっかけでデザインのご依頼やご縁をいただくこともあり、情報発信の大切さと世の中の変化を日々感じています。

カテゴリー: 独立起業 | ホームページ開設で変化した仕事の入口 はコメントを受け付けていません。

独立してわかったこと

2児の母、長男の嫁の独立をめぐる家族会議 を先にお読みください。

独立して数か月が経った頃、自分がいかに無鉄砲に飛び出したかを思い知らされました。
デザインの技術の未熟さ、経営、社会の仕組みについての無知、そして会社という組織のありがたさ…
すべて独立してから痛感したことです。。なんとも恐ろしい…

でも、1年の期限を決めて飛び出したからには、やれるだけのことをやるしかない!
デザインのことも経営のことも、基礎から学び直しました。ただただ目の前の課題に1つずつ取り組む毎日。度重なる失敗にへこんだり、小さな評価に舞い上がったり。仕事、家事、育児でキャパオーバーの “いっぱいいっぱいオーラ” が毛穴から出ていたのではないかと思います。。

そんな中、夫は知人や仕事でお世話になっている方々に、私の名刺を配ってくれていました。迷い悩んだ時に、私のとりとめのない話を聞いてくれました。(今思い返しても泣きそう…)諸先輩方、クライアントの方々は未熟な私を信じて育ててくれました。

個人事業主はあらゆることを一人でしないといけません。仕事はもちろん、すべての決断に自分の責任と覚悟がつきまといます。でも「一人でもやるんだ!」と覚悟を決めたら、一人じゃないことに気付かされた—
独立してわかったこと、それはたくさんの人に支えられてやってこられたんだということでした。

約束の1年が経ち、収入面、仕事環境の面で家族の了承を得て仕事を続けられることになり、今に至ります。
これからもデザイナーとして私ができることを模索しながら、日々進んでいきたいと思います。

続きはこちら >>> ホームページ開設で変化した仕事の入口

カテゴリー: 独立起業 | 独立してわかったこと はコメントを受け付けていません。

「使い捨てデザイナー」から「パートナー」へ

先日、とある会社の社長さんから2度目のロゴデザインのご依頼がありました。
打ち合わせに伺い、今回の仕事についての詳細をお聞きした後、その社長がおっしゃいました。
「こうなりたいという目標があるか?」 私はこのシンプルな質問に、はっとしました。

私が言いよどんでいると、そのまま社長は続けられました。
「プロ意識の問題だ。アルバイトに毛が生えたくらいの感覚ちがうか?」
「‥‥‥」

何も答えられなかったのは、恥ずかしながらその通りだったからなんですよね。
「デザインで役に立ちたい」という想いはベースにありましたが、いざフリーになってそこからの目標はというと… 当初の私は生活していけるだけのお金が入ってくればOK、という気持ちだったように思います。

「自分の値段はちゃんと決めた方がいい。安いから選ばれるデザイナーになりたいのか?世の中には「高いな~」としぶしぶ50万払う人間もいるが、「ありがとう!」と喜んで50万払う人間もいる。喜んでお金を払ってもらえるデザイナーになりたくないか。」

それからその社長は、仕事、友人のこと、世の中のこと、さまざまな話を聞かせてくださいました。そして最後に、私の顔をじっとみつめておっしゃいました。
「初めアンタが営業に来たとき、ちょうど知人がお店をたちあげるタイミングだったんだ。正直ダメなら使い捨て、くらいの気持ちでロゴを依頼した。でも知人があのロゴをすごく気に入ってくれて…」

「使い捨てデザイナー」ではなく「パートナー」として仕事を続けるために今回のお話があったんだと、私はようやく気が付きました。この社長の言葉によって私は、仕事をする上でのプロ意識について考え始めたのです。

続きはこちら >>> 独立してわかったこと

カテゴリー: 独立起業 | 「使い捨てデザイナー」から「パートナー」へ はコメントを受け付けていません。

最初の大失敗!

デザイナーとして独立して最初の大失敗!の話。今思い返しても胸が痛く、穴があったら入りたくなるような…
「初心忘れるべからず」という思いで、ここに書いておこうと思います。

独立して間もなく、夫からの紹介で伺った旅館でのこと。旅館のロゴデザインをリニューアルしたい、との話だったのですが、話をされる女将さんは少し迷っておられる様子でした。

今の私なら、打ち合わせの場で「ロゴデザインのリニューアルについては、もう少し考えた方がいい」と言っていると思います。ですが、その時私は「旅館のロゴデザイン制作という大きな仕事をやりたい」「自分のポートフォリオに載せられる実績を早く作りたい」と焦っていました。
考えあぐねている女将さんに「こういったタッチはいかがでしょうか。」と様々なデザインサンプルを見せ、話を進めようとしてしまいました。

しばらくすると女将さんは、私の目の前で1本の電話をかけられました。
そのお相手は、旅館の常連宿泊客である東京のデザイナーさん。
ロゴデザインがどんなに大きな役割を担っているのか、迷っている状況で簡単に変えるものではない、というような話を数分された後、一呼吸付いた女将さんは私におっしゃいました。
「悪いけど、帰ってもらえる?」

帰りの車を運転しながら、私は自分のしたことが情けなくて恥ずかしくて、涙が止まりませんでした。
女将さんが目の前の私には一言も相談せず、遠方のデザイナーさんに相談されたのは、私を信頼できないと判断されたから。目の前のクライアントの想いを無視して、自分本位なデザインを押し付けようとしてしまった…

この失敗で私は、「デザイナーの仕事はクライアントの想いを聞き、形にすること」だと痛感したのでした。
屋号を「デザイン想」にしたのもこの経験から… なのです。

続きはこちら >>> 「使い捨てデザイナー」から「パートナー」へ

カテゴリー: other, 独立起業 | 最初の大失敗! はコメントを受け付けていません。

ポートフォリオ作成と飛び込み営業

独立を決めたきっかけ①
独立を決めたきっかけ② を先にお読みください。

勤めていた看板製作会社に事情を話したところ、「忙しい時はアルバイトという形で会社が定めた条件のもと仕事に入る」という約束で退職が認められました。
「これから、ここから」—
2006年4月、不思議と心がふっと軽くなったのを覚えています。

「デザインの仕事がしたい!」といって会社を辞めたものの、デザインをいただけるようなつながりは皆無。。(自分の無計画さにホント汗が出ます。。)フリーになった私を最初に待っていたのは営業活動でした。
デザインを必要とするであろう会社(印刷、建築、看板等)に、私ができることを知ってもらわないと!

ポートフォリオ(作品集)を作成し、飛び込みでいろいろな会社に営業にまわりました。
資料にざっと目を通して世間話で終わること、面接試験のように厳しく試されること… 反応は様々でしたが、社長さんの話をお聞きするのはとてもおもしろくて。
各業界の景気の動向、関心事、自社への想い、また、新しい業務展開に対する意識、社内・社員の方々の雰囲気、時事問題に関するご意見、そこから伺える価値観・人間像など…

これまで看板製作会社のイチデザイナーで外の世界を知らなかった私にとって、毎日が驚きの連続でした。
即、依頼につながることは少なかったですが、仕事以外の様々なものをこの期間に持ち帰ることができたのではないかな、と思います。

続きはこちら >>> 最初の大失敗!

カテゴリー: 独立起業 | ポートフォリオ作成と飛び込み営業 はコメントを受け付けていません。